日本におけるインテリア

日本のインテリアは歴史の所でも紹介したとおり、独自の装飾文化を持っていました。これは、長い間、鎖国による交流が少ないことも影響しているでしょうが、ほかにも理由はあったのです。

日本住宅のインテリアの概念

日本におけるインテリアの概念は西洋のそれとは異なっていました。その大きな理由が、気候の違いです。西洋諸国は年中を通して降雨が少ない代わりに、緯度が高いために、日光が弱く、そのために気温が低く特に冬の寒さが厳しい。

そのため、堅牢な壁を施し、室内には暖炉を配置し、熱を外に逃がさない家作りが行われた。インテリアはそのような家を装飾するための手段であり、室内環境の向上を目的とした物ですした。そして、室内と室外は隔離され、ガーデニングやエクステリアといった概念が登場し、それぞれ独自の発展を遂げていきました。

それに対して、日本の気候は温暖湿潤で夏の暑さを避ける工夫が施されている。畳張りで、間仕切りには開閉可能な障子やふすまが配置され、家の中にふんだんに風を通るような工夫がされている。
日本人は古来から風土に合わせた建物を丹念に造りあげていた。漆喰の壁は湿気が多いときには吸収し、乾燥した時期にはそれをはき出す。なぜそんなことをしっていたのか不思議でもある。
日本刀の販売店店で話しを聞くと、家宝である日本刀を床の間に飾ることは実は風水的にも現代では実用されていることで魔よけの意味もあるとのこと。脇差を玄関周りに飾る家も多いという。

また、インテリアやエクステリアと言った概念がなく、室内と室外が一体として1つの家となっていた。

日本庭園などでも建築は家を構成する1つのパーツとして取り込まれている。また、日本では武家社会に見られた、侘び寂びの精神など、質朴なものが好まれる傾向にありました。和の素材を活かした小物は現代でも人気があります。

また、貧しい者らは自宅を装飾する金銭的な余裕もなかったことから、インテリアのような装飾文化は庶民の間では浸透せず、一部の豪農や商人、寺社などで欄間、彫刻など、襖絵などが用いられたに過ぎなかったのです。

日本の住宅事情とインテリア産業

今現在、日本でインテリアが発達した背景には、戦後の住宅政策による欧米式住宅の増加による所が大きい。その煽りを受けて、従来の日本建築は防災上の観点などもあって、大きく地位を追われた。しかし、インテリア産業が発達した直接的な背景は、高度経済成長期を迎えて、中産階級層にも生活上のゆとりが発生しニーズが高まった結果でしょう。

当初は、一般的に言われた三種の神器や3Cなどといった機能目的の電化製品、自動車などがステータスシンボルとなったが、これらが充足してくると、次はオーディオなどといった娯楽品と共にインテリアが重要性を増していきました。目的は生活環境の向上のため、または個性の主張、階級の差別化など様々ですが、生活を豊かにするためのアイテムとして需要が高まっていったのは確かです。

そしてインテリア産業は個別のアイテムを売るのではなく、たとえば、家をリフォームするのなら、その中に家具一式を盛り込み、それを提案しつつ、商品を売るといった提案型の販売方法で大きく繁栄を遂げた。

最近では木のぬくもりや和の心、またはロハス(LOHAS、Lifestyles Of Health And Sustainabilityの略で健康と持続可能性、またはこれを重視するライフスタイルのこと) などといった概念もあって、日本住宅や和風のインテリアが見直され、和洋折衷ともいえるものも多いです(木製ブラインドや障子紙のロールスクリーン、藺草の絨毯など)。洋風住宅の中に和室が設けられることも多くなってきています。これが日本の和洋折衷の代表でしょう。

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Last update:2017/12/7